死ぬってどういうこと?

あらすじ

探偵もののアニメを見て、ふと「死」について考えるつーぼー(小学5年生)。考えはじめると止まらない、怖くなって眠れなくなる。次の日、大きなくまをつくりながらもいろんな大人たちにたずねてみると…
  • 死んだらどうなるか、いくつか考えがでてきたけれどどんな意見だったかな?
  • 自分の考えに一番近いものはどれでしょう?
  • この他に死んだらこうなるって意見がある人はいますか?
  • 天国や地獄ってあるのかな? 見てきた人はいる? 
  • 天国や地獄があるってどうやったら証明できる?
  • 死ぬのが怖いっていう人はいる? その理由は?
  • 身近に亡くなった人はいる? そのときのことや、そのあとにどんなことをしたか覚えてる?
  • 心と体があって、死んだら体はなくなるわけだけれど心はどうなっちゃうのかな?
  • 脳死(体は生きているけれど、脳が死んでいる)は生きてるっていえる? それともいえない?
  • 生きていることと、死んでいることの違いってなんだろう?
この動画は、「死」という問題について、「死んだらこうなる」と考えられている、天国地獄説、生まれかわり(輪廻転生)説、幽霊になる説、そしてただ無になる説、といういくつかの説を紹介しながら考える動画となっています。

私たちの実践では、それぞれの説について子どもたちが見聞きしている情報や考えを交換したあと、「死」はどういった条件で成立するのか、生と死の境界線の輪郭を明確にしていくような話し合いがもたれました。

その話し合いの中では、「死」は身体と脳が機能しなくなることを指すが、「心」は意見が分かれ、①脳によって感じたり、考えたりできるため脳が機能しなくなれば心も当然なくなるという考えと、②心は死んだあと身体が焼かれる前にどこかへ飛び出していき、それが天国や生まれ変わりといった説につながっていくという考えの、大きくわけて2つの意見が出てきました。

「死」の条件を丁寧に聞き出し、反証を示しながら整理していくと、子どもたちの考える死の輪郭を描き出すことができると思います。身体が自分の意思で動かせなくなることが死ならば、植物はどうなのか? また身体は生きているけれど脳が死んでいる脳死はどうなのか? などがこれに該当しますね。

また、子どもたちは物語や絵本などをもとに、死後についてそれぞれの世界を描いていたことも印象的でした。「死」という当然ですが未経験な事柄でも、みなで問い、ともに考えることができることの証明になったといえるでしょう。

F=ファシリテーター(指導者)
C=子どもたち のそれぞれの発言を指します。

F:動画を見て、死んだらどうなるか、いくつか考えがでてきたけれどどんな意見だったかな?
C:天国にいくって考え。
C:無になる。なんも感じないし、考えられない状態。
C:別のものにうまれかわる。小林さんはマグロだって。
C:幽霊。子どもがちいさいころ幽霊見えてたって言ってた。

F:この中で自分の考えに一番近いものはどれでしょうか?
<天国・無・生まれかわりにそれぞれ手があがる>

F:どうしてそう思うの?
C:いろんな物語に天国や地獄がでてくるから。いろんなところに出てくるってことは、だいたいの人がそう考えてるのだと思う。

F:それを書いた人は、見てきたのかな?
C:見てなーい笑。見たってことは死んじゃったってことだから、書けないもん。
C:私は生まれかわるんだと思う。なんかテレビでやってたんだけど。とってもちいさい赤ちゃんのころに、いきなり日本じゃない言葉で話し出したとか。それは昔、別の国の人だったってことで。その生まれ変わり。

F:つーぼーも小さいころ、幽霊が見えてたってあったね。赤ちゃんのころは、不思議な力があるのかな?
C:うーん、わかんない。おぼえてないし。
C:無になるって話あったけどさ、そうなの?

F:うーん、どうでしょう。ぼくも死んだことないしなぁ。
C:でも、どんなになるかわかんないから、死ぬのちょっと楽しみかも。
F:え!?そうなの? ほかに死ぬってことが楽しみ、って思っている人は?
C:生まれかわったとして、どんな人生になるかわかんないし。泥棒になるかもしれないし、すごい発明した人になるかも。

F:それは死んだら生まれかわるって思っているってこと?
C:うん、そう。

F:死んだら無になるんだったら楽しみ?
C:うーん、わかんない。怖いかも。でも気持ちがなくなるから怖いもないのか。
C:私は楽しみ。

F:死ぬって楽しみってこと?
C:死んだら、死んだおじいちゃんにあえるかもしれないから。

F:楽しみではなくって怖くないって人は?
C:病気とか事故とかだったら、感情とか自分がやったことでそうなるわけじゃないから、しょうがないかなーって。

F:なるほど。あきらめるってことかな?
C:あ、そうそう。
C:死んで地獄に行ったら怖いっていうけど、死んだあとなんだから怖いとかない。

F:逆に死ぬってことが怖いって人は?
C:地獄にいくかもしれないって思うとちょっと怖い。悪いことをしてるかもしれないから。
C:容疑者になったら地獄にいく。
C:怖いっていうか、どうなるかわかんないから、嫌だ。わかんないから不安。
C:今持ってるものって天国にはもっていけないよね? 大切にしてるもの。

F:あー、そうかもしれないねぇ。
C:なくすの、いやかも。

F:ほかにも考えがある?
C:なんかまだやりたいことがあるって思ってるから、死ぬのは嫌だな。

F:となると、死ぬのが怖いっていうのに理由が4つ出ましたね。
①どうなるかわかんないから怖い、というのと。
②地獄が怖いっていうのと。
③やりたいことができなくなるから怖いっていうのと。
④今もっているものを失いたくないという意見。 

F:じゃあ天国にいけるのだったら怖くない? 無になったら怖い?
C:でも無はなにも考えられないんだから、怖いとかないわけでしょ。
C:地獄も天国も、なんかお話の中の話だから、ないかもしれないでしょ。
C:私は学校で借りる本がだいたい怪談話で、地獄・天国がよく出て来るの。つまり、天国・地獄は空想の世界の話だと思う。
C:聞いた話だから本当かどうかよくわかんないけれど、生まれ変わったとか、天国にいってかえってきた、とかいう話もテレビでみる。ないとは言い切れないかもしれない。

F:話がかわるけれど、宇宙があるって信じている人はいる?
C:うん、あると思う。

F:でも行ったことないでしょ。ぼくは絵とか写真で宇宙を見ている。だからあるって信じている。天国も地獄も同じように言えるのかな?
C:宇宙はよく新聞とかに月とかに着いたという写真がついてて、自分はみたことはないけれど他の人が見たし、その証拠があるんだから信じられる。天国・地獄はどうかわかんない。

F:ぼくの友達で天国にいってきたという人がいて。1回心臓がとまったんだけれど、そしたら心臓がもう1回動き出したんだって。光の世界に行ってきて、あったかい世界だったって行ってた。あるのかなぁ?ないのかなぁ?
C:宇宙があることと天国・地獄があることと、同じように言えるのかな。宇宙がないと月も太陽もないわけで、地球もないわけで。

F:宇宙がないと困る?
C:地球も月もないでしょ。地球も宇宙の中にあるんだから、地球もなくなるから困る。
C:地球だけ残ってても、太陽も月もなかったら日焼けとかしないし、だから困る。

F:宇宙はないと困ると。では、天国とか地獄とか、生まれかわるとかなかったら困っちゃうことってある?
C:死ぬ前はつらい目にあったのに、天国がないとつらい。
C:天国がないと他の人生を歩めない。

F:困らない人はいる?
C:家とかで死んで、天国とか行かずそのままいても、無になってるから変わんないと思う。
C:死んだら心もないわけでしょ。「天国に行きたい」って思うその気持ちもなくなるわけだから、困らないんじゃないかな。
C:なぜ宇宙がなくなると困るかっていうと、生きている間に何かあることなわけで。死んだあとだったら別に困ることないじゃんって。そのあとなんか知らんって感じ。

F:どうやら無になるかどうか、がお話の中心のように思う。
C:無になるってことは、闇も光も黒も白もない。その存在自体がないってこと。となると無はあるの?
C:無なのに「ある」ってよくわかんない。それだと無じゃなくて「ある」じゃん。
C:無っていうのは、あるとかないとかを自分が考えられなくなるってことだから、死んだあとの状態を考えられなくなるってこと。
C:無になるわけじゃなくて、骨になるわけで。おじいちゃんが死んだとき、体を焼いて残ったのが骨で。その骨をお墓にいれるの。なんか重かった。

F:となると、無になるわけじゃなくて、骨が残る、と。骨があるから、無にはなんない、と。
C:骨があるっていうのは、肉体のほうで、心と体って別のものだと思う。

F:ふむ、なるほど。心ってあるの? 見たことある?
C:心は見たことないけれど、死んだら体はなくなって、心はどっかいっちゃうんじゃない?

F:そもそもさ、死んだらどうなるって考えるとき、心の話をしているのか、体の話をしてるのか、それとも別の何かのことを話しているのか、はどう思います?
C:さっき骨の話が出たけれど、心は? どうなるのかな?
C:心が全部どこっていうのはよくわかんない。というか耳や胸や頭のどこに心があるのかもわかんないし。

F:たしかに!これが心って教えてもらってないよね。心見えないもんね。心があるってことは信じられるの?
C:(胸を指して)ここにある、と思う。
C:心は見えないけどさ、自分で思っていることだからさ、自分が思うことが心。
C:学校でさ、心はどこにあるのかって話を聞いたときに、脳みそにありますって。脳みそが考えて、気持ちや心があるって。

F:心が脳みそにあるなら、死んだら脳みそなくなるじゃん。そうしたら心もなくなるように思いますが。
C:ちょっと嫌な話になるんだけれど、聞きたくない人は耳ふさいでね。中国で猿の脳みそを食べるご飯があって、生きたままの脳みそを食べて、その猿の反応を楽しむってことを聞いたことがあって。ということは脳みそがなくなったら心もなくなる。

F:話をまとめるとどうやら心は脳みそにある?
C:脳みそが考えて、心に伝えて、人間がしゃべってるってことで、心は別に死んだあとも、次の人生に心が伝わるからなくならないと思う。
C:心は脳みそにあると思うけれど、燃やされる直前にどっかいっちゃう。死んだあとってまるまる1日、体を残しておくじゃない。そのときにどっかにいっちゃうんだと思う。

F:じゃあ、脳みそと心が同じ説と、脳みそと心は別で脳みそが燃やされる前にひょってどっかいっちゃう説とがあるわけだ。
C:心は、脳が考えて体を動かしたり、何かを見たり、感じたりするわけで、脳がなくなったら心だけあっても体を動かせない。

F:ということは死ぬってことは脳が動かなくなるってこと?
C:でも脳が死んでも体は生きているってときがある。

F:うん、なるほど。それは脳死っていうものですね。脳だけ死んじゃって体は生きている。体は、汗もかくし、髪の毛ものびる。おしっこもする。そんな状態は生きてるっていえる?
C:じゃあ、心臓と脳と両方死んだら死ぬんじゃない?

F:なるほど、合わせ技になってきたね。
C:脳が生きてても、心臓が死んだら死んだってことになる。心臓が動いてるから血も体にいきわたるわけで、脳が生きてても心臓が止まったら脳も死ぬ。
C:みんな死にたくないって思ってるけれど、どうせ年をとっていつかはみんな死んじゃうじゃん。

F:となると、私たちは何のために生きてるのかな?
C:もしも年をとって死ぬんだったら、何年もかけて死んだほうがいいけれど、若くて年取らないで死んだらいやだ。

F:ちょっと話を戻すけれど、体がとまったら死ぬってことだけれど、心と体は別なの? それとも一緒なの?
C:でもさ、動かなかったら死ぬってことはさ、植物はさ動かないじゃん。じゃあ植物って死んでるってことなっちゃうじゃん。
C:植物は動かないけれど、種を飛ばしたり成長したりするから、植物は自分の意思では動けないけれど、生きているっていえると思う。
C:なんかテーマが離れてきた気がする。体が動かなくなったら死ぬのか、とか。死ぬとはどういうことか?が、話したい。

F:じゃあ、生きてるのと、死んでるのの違いってどういうことなのでしょう?
C:心臓が止まったら死ぬ。
C:心臓が止まってて、考えられなくて、動かなくて、心だけある状態が死ぬってこと。

F:じゃあ質問。もし機械を人間につないで、体だけ生きている状態だったらそれは生きてることになるの?
C:だから、体だけじゃなくて、脳や心に機械がつながれて動いていたら生きているってことになる。
C:つまり、脳や心が働かなくなった時点で死んだってことになるんだと思う。

F:はい、今日のお話はこれまで。おもしろかったね。で、みんなはさ、生きてるって言えるの?
C:うん、生きてまーす!

※これは、小学1年生〜小学5年生まで13名の子どもたちが、1つの輪になって哲学対話をした記録です。